2015年9月30日水曜日

文化についての捉え方

野良猫です。ベトナムからこんにちは。 急な事務作業の傍ら、息抜きを兼ねてブログ更新致します。 昨日の猫食文化にはいろいろな反応があり書いた人間としては嬉しかったです。 読んで頂いて有難う御座いました。 さて、私は立命館アジア太平洋大学で言語文化(文化研究や思想研究など)と経営学を学んだ人間で、学問的には特殊な人間です。 ベトナムに来てから、現地企業に勤め始めてから、なお一層ビジネスの世界において文化に対する理解が必要だという事を感じております。 今回は猫食文化を題材に文化についての捉え方を学問的にざっくりとお伝えしたいと思います。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ まず猫食という事について2種類の反応が予想されます。 コメント欄でもはっきりとは表現されませんでしたが読み取ることができます。 1.拒絶 2.理解 猫というのは人間にとって最も近いパートナーであります。 いくら物理的に食べる事ができるといっても人間が人間を食べる事がカニバリズムとして忌避されているのと同様に、パートナーを食べるという事に生理的な拒否反応が出ることは自然な反応です。 また一方で、異国の文化であり何かしらの理由があり伝統的に食べているのだという消極的な肯定というのも世界の情報が簡単に手に入る現代においては自然な事です。 これらは、文化研究的には2つの主義思想に分けることができます。 1.拒絶:自文化中心主義(エスノセントリズム) 2.理解:文化相対主義(カルチュラルリラティビズム) 1.は自分の育ってきたエスニック集団(族群)、民族、人種の文化を基準として他の文化を否定的に判断したり、低く評価したりする態度や思想のこと。 (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%8E%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0) 2.は全ての文化は優劣で比べるものではなく対等であるとし、ある社会の文化の洗練さはその外部の社会の尺度によって測ることはできないという倫理的な態度と、自文化の枠組みを相対化した上で、異文化の枠組みをその文化的事象が執り行われる相手側の価値観を理解し、その文化、社会のありのままの姿をよりよく理解しようとする方法論的態度からなる。 (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E7%9B%B8%E5%AF%BE%E4%B8%BB%E7%BE%A9) 一見すれば2.の方が理想的で、NPのコメント欄もそのような傾向があったかと思います。 しかし、実はこの文化相対主義こそが、最終的には1.の自文化中心主義を生み出すという批判があります。また、2.が人種隔離政策を生み出したという批判もあります。 例えば、猫食文化を持つ人と猫食文化を持たない人が同じ社会で生活をしたとします。 互いに互いの文化を理解し、相対化した態度を取ったとします。 そうなると、最終的には棲み分けが発生し、「この町では猫を食べる事ができるが、この町では罰則が与えられます」という事になります。 そして猫食をする人が社会的多数派となれば、当然猫食ができる地域を増やす行動に動くでしょうから、猫食をしない人が隔離されるような事態になります。 実はこの文化相対主義こそがアパルトヘイトの原因ともいえる思想なんです。 参考にしたサイト 「文化が違うから分ければよい」のか――アパルトヘイトと差異の承認の政治 亀井伸孝...
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2015年9月29日火曜日

ベトナムの猫食文化

ご無沙汰しております。野良猫です。 前回公言していたベトナムの小売市場についてはただいまリサーチ中で御座います。 しばしお待ちください。 さて、今回はベトナムの猫食文化について。 NPといえば”猫”ですから、最も相性の悪いテーマであります。 NP内の不良猫が集まるNyas paperから取材を受けた事もありますが、いまだ掲載されていない所をみると見送りにされたのでしょう。 それくらい理解が難しい文化であります。 ベトナム語で猫肉屋さんは”Thit meo”。 さぁ、Google画像検索をしてみましょう。 【激閲覧注意】 https://www.google.com/search?q=Thit+meo&es_sm=122&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMIoMy3xvabyAIVJyGmCh1hEwh8&biw=1366&bih=643 一見普通の料理に見えますが猫です。 下の方はより過激です。 この猫食文化は中国から伝わった文化で、より中国文化の影響が根深い北部でよく見られる光景です。 ハノイ市内にも焼き豚ならぬ焼き犬や焼き猫が見られます。 私は食べた事はありませんし今後も一切興味がありませんが、こういう世界もあるという事ですね。 食べられないように我が家の猫様は完全室内外、外出の際は私が必ず抱っこをしていくようにしています。 ちなみに猫食文化はアジア圏だけではなく欧米にも存在している(いた)様です。 Wikipediaより引用。 (引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AB%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96...
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2015年9月4日金曜日

ビジネスの種は歴史にあり!

野良猫です。 ハノイは3日ほど前から雨が続いております。 元々、いまの時期は雨季ですのでやっとこさの雨といったところです。 ハノイが東南アジアではなく東アジアといわれる所以がこの雨です。 ハノイは湿地帯にあり近くを紅川(ホン川、Red River)が流れ、タイ湖、ホアンキエム湖など有名な湖もある水と緑が豊かな都市です。 しかし、ハノイから雨雲できるといわれるほどハノイ中心部のみが大雨が振るという事もしばしばあります。(本当に) 上述の紅川を渡るとさっきまでの大雨が嘘だったように晴れてたり。。 この湿度の高い気候が、レンガ造りの町の建物を蝕みます。 ハノイの築10年のビルは日本でいう築数十年レベルの劣化を見せ、すぐに価値が落ちたり、補修が必要になってきます。 また、町の上下水道のインフラが整っておらず大雨が降れば通りが川になったりします。 この辺りは東南アジア共通です。 本当はハノイの通りの写真をお見せできればいいのですが、雨続きなので今回は少し違った視点からアジアを見たいと思います。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 今回、ご紹介するのは”地図が作ったタイ”というトンチャイ・ウイニッチャクンというタイ人学者が書いた本です。 国民国家としてのタイはどのように形成され、制度化されていったのかというのを非常に簡潔に纏めています。 ナショナリズム研究大家のベネディクト・アンダーソンもこの本を参考に改訂版を出したといわれています。 この本で衝撃的だったのは地図によって、”こっちに住んでいる人はタイ人、あっちに住んでいる人はタイ人じゃない”という線引きがなされたのではという点です。 難しいアカデミックな議論はプロの方々にお任せしますが、タイ好きの私が更にアジアに嵌るきっかけをつくってくれた本でもあります。 ちなみに、このブログの第2弾ではベトナムの歴史に触れましたが東南アジアの国々は総じて若く、数十年、数百年前の歴史があまり学ばれていない事もあります。 例えばベトナムでは漢字で書かれた文献を普通のベトナム人は読めない。 お寺に書かれた漢字は日本と同じ漢字なので日本人は読めるが、ベトナム人は読めない。 日越国交樹立40周年の記念ドラマ「~The...
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2015年9月2日水曜日

海外に出るという事 -失敗を許容する優しさ-

不良猫のブログ第三弾です。 前回は歴史から振り替える中国との関係と、ベトナムらしさをお伝えいたしました。 さて、今回はkobayashi junyaさんのコメントにお応えいたします。 ベトナム建国70周年企画(いま作った)の後編です。 ちなみに本日は建国70周年のイベント真っ最中です。 テレビでは広場で行われるパレードが映っています。 その姿はまさに共産主義を思わせるもので、ベトナムがそういう国だった事を思い起こさせてくれる良い機会です。 定番はこの曲らしいです。 正式なPVはこちら。 そう伝説の深夜番組の「水曜どうでしょう」のベトナム南北横断カブの旅で通訳のニャンさんが歌ってくれた曲です。 ホーチミン師という歌です。 外からずっと聞こえてきます。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ kobayashi...
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2015年9月1日火曜日

海外に出るという事 -現地を知る-

どうもNews Picksの不良野良猫ユーザーの藤田です。 昨日の第一回は1日で1000ビューという大盛況で大変嬉しく思いつつ、皆さんに役立つ情報を発信しなければ見捨てられちゃうのも早いだろうなと感じております。 その為、出来る限りコメント欄に連動したポストをしていきたいと思います。 鉄は熱いうちに打て!が合言葉です。 今回は小室勝裕さんとkobayashi junyaさんのコメントにお応えいたします。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 小室さんのコメントはこちら(一部抜粋) 「ベトナムに行くと私の親の世代(昭和の前半)が語る日本の街中のような人の優しさがあるんですよね。行きたいけどなかなか機会を作れなくて残念。それだけに是非次はハノイらしさのある話も読みたいです。」 このご質問にお応えする際にお見せしたいのは一枚の写真です。 ジャーナリスト界のアカデミー賞であるピューリッツア賞を受賞した沢田教一氏の撮影した「安全への逃避」です。 (ナショジオ様より参照) ベトナムは1国2制度と言っても過言ではないくらいハノイとホーチミンで異なる文化を持っています。 物流や貿易の際に重要な通関制度、行政の対応、町の雰囲気など、全てが異なります。 在越の方はハノイは東京、ホーチミンは大阪と喩えられますが、町の雰囲気や気質、気候という点ではハノイは秋田か仙台といった方がしっくりきます。 こういう違いが出てくるのは気候の違いも多いにあるのですが、一番は過去の歴史に関係してくると私は考えています。 ベトナム(漢字表記:越南国)の歴史を語る際は秦の始皇帝の時代まで遡らなければなりません。 この時代に南越という地域が現在の中国南部からベトナム北部にかけ存在していたためです。 国の起こりの時点で中国との関係が存在しています。 中国による支配は漢の時代(紀元前202年ごろ)から始まり、この後1000年に渡る中国による支配・戦いをベトナムは経験します。 この1000年の間にベトナムでは数多くの英雄が生まれ、その名は町の通りにの名前になり残っています。 有名なところを挙げるとHai...
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