
どうも野良猫です。
日本では秋でしょうか。紅葉も終わり冬に向けていろいろと準備をされている事と思います。
ハノイはまだ夏です。11月に入ると大雨が降り続き、12月に入れば一気に気温が下がりロンドンに比喩される霧雨と10度前後の気温の季節へ突入します。
個人的にはこのハノイの冬が一番嫌いです。
さて、今回はベトナムの話題ではなく、いまNPで話題になっている一人親家庭の支援について書きたいと思います。
私個人について書くとこの分野については素人同然ですが、大学時代にタイの農村地域を支援する学生団体に所属し開発学やNGO論、百マス計算をタイでやる支援に関わっていました。
そんな素人の野良猫が話題のトピックに切り込みたいと思います。
NPにはNGOの方や国際機関に所属されている方、実際の支援の現場にいる方などがいるので専門的な議論は、そのような方々に託したいと思います。
私は誰もいない場所で、誰も叫ばない所でニャーと一声鳴くだけです。
それが世界を変えるきっかけとなると願いながら。
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まず論点整理です。
一人親支援の目的は何でしょうか。
一人親の貧困が問題だ、母子家庭の存在が問題だ、いろいろあると思います。
ただ突き詰めると一つの事が問題です。
「日本の貧困解決」がこの議論のあるべき問題意識です。
漠然としていて分からないでしょうか?
いいえ。私たちの生きるこの世界にはこの分野のノウハウが数十年に渡って存在しています。
それはNGOや国連、国際機関などがずーっとやってきた途上国支援の中で生み出されてきました。
障害を持つ人への支援。
いわゆるクズ親の支援。
DV家庭への支援。
孤児への支援。
学習支援。。。
既に多くの人が実地で研究し実績が存在します。
これらの経験は一国で行われた事ではなく、サブサハラ(サハラ砂漠以南の地域)や近場だと北部タイ・東北部タイでの支援など東南アジアの他国でも多く存在します。
日本の支援者はこういう研究を学び、日本人の支援へ活かして欲しいと思います。
素晴らしい方々の残されたモノの中で私は、支援のあり方について指摘をしたいと思います。
既にコメントで書いていますが、制限があったので、ここでまとめたいと思います。
ところで、最近は川端さんのタイカントリレポートが熱いですね。
是非読んで欲しいです。
https://newspicks.com/user/9219/
連載の中でもコメントさせてもらいましたが、タイ文学の「インモラル・アンリアル」には売春宿での話を仏教的な価値観で表現しているモノもあり大変興味深いです。
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さて、本題に入っていきます。
貧困問題を考える上で重要なのが貧困の鎖と言われる悪循環です。
下記に記載します。
①親の貧困▶︎②子どもの教育への無理解▶︎③児童労働▶︎④子どもの教育機会の減少▶︎⑤子どもの低収入化▶︎⑥出産、①へ戻る・・・。以下ループ。
この鎖は世界の貧困の全てに共通します。
貧困解決の為には、この鎖の中の矢印を断ち切らなければなりません。
今回の一人親家庭への支援については①への支援と言えます。
一人親の貧困家庭への金銭支援を増額し、教育費用へ回してもらおうというのです。
これを「慈善型支援」と言います。
貧しい人に限って国が、社会保障として支援を行うのです。
これは決して新しい事ではなく大昔から存在する支援です。
例えば王族が貧しい人へ施しを行ったり、持てるモノが持たざるモノへ富の移転を行う事です。
聖書にもそういう話がありますね。2枚下着を持つ者は持たない者へ1枚あげなさいっていうやつです。
今回の騒動の中心にいる常見さんは、この上から目線に反感を持っているのだと思います。
そして同時にこの支援の形は人々の自尊心を傷付けかねませんし、自尊心の喪失を生み出し支援に依存をさせる可能性があります。
事実、アフリカでは支援に依存し自主的な活動ができなくなり、問題が悪化した事例が存在します。
貧困解決を目的にした支援としては悪手です。
これはあくまでも公的な社会保障として捉えるべきです。
年金や生活保護と同義のものです。
慈善型支援の次に生まれたのが「プロジェクト型支援」というものです。
これはお金だけだとどのように使われるか分からず貧困解決への効果が薄いという反省から生まれたものです。
いわば資本参加だけではなく経営にも参画する投資ファンドのようなものです。
貧困解決に繋がるモノやノウハウを提供しようというものです。
支援者のお金を使い、筆記具を買ったり教科書を用意したり、図書館を作ったり、学校を作ったりプロジェクトをもって支援しようというものです。
この支援への批判には有名なたとえ話があります。
それは「−00000000000000っp:」(猫が踏みました)
ごっほん。
それは「魚を釣る為には釣り竿をあげるのではなく、釣り竿の作り方を教えるべき」
というものです。
釣り竿をあげても壊れてしまったら直せないし、必要な人が増えたら更に釣り竿を買ってこなければならなくなります。
これでは被支援者の自立ができません。
これもダメでした。
プロジェクト支援の次が「参加型開発」です。
参加型開発の最も有名な事例がグラミン銀行です。
ノーベル経済学賞を受賞したムハマド・ユヌスの作った銀行です。
グラミン銀行の特徴はマイクロクレジットという、既存の銀行が普通口座も作らせなかった貧困家庭へ口座を用意し、小規模の融資を行い、経営のアドバイスまで行うという銀行業務をBOP(ピラミッドの底という意味。社会階層の最も下の人々という意味)と呼ばれる人々へ拡げた事にあります。
プロピッカーの慎さんが特集記事を書いてらっしゃったビジネスです。
記事はこちら。
https://newspicks.com/user/9155/
慎さんも書いてらっしゃいますが、マイクロクレジットは日本でも銀行が行うべき、普通の銀行業務です。
しかし、利益に対してコストが高く優秀な銀行員を使うだけのメリットが無いのでしょう。
日本では地方の信用金庫などが行っています。
https://www.google.com/search?q=%E4%BF%A1%E7%94%A8%E9%87%91%E5%BA%AB+%E5%B0%8F%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E8%9E%8D%E8%B3%87&oq=%E4%BF%A1%E7%94%A8%E9%87%91%E5%BA%AB%E3%80%80%E5%B0%8F%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E8%9E%8D%E8%B3%87&aqs=chrome..69i57.9975j0j7&sourceid=chrome&es_sm=119&ie=UTF-8
グラミン銀行がなぜ参加型開発なのか。
それは貧困解決の為のお金の支援を行うだけではなく、相互扶助組織を作ったり会計簿の作り方を教えたり、被支援者を支援全体へ巻き込んでいるからです。
これまでの慈善型支援やプロジェクト型支援では、支援者が主体で被支援者が客体でした。
しかし参加型開発では互いが主体であり、支援者は新たな気付きを得られたり、被支援者は主体性をもって自らの生活を豊かにする事ができます。
参加型開発では貧困解決の主目的のみならず人づくりも副目的として生まれるのです。
これがソーシャルビジネスと言われるビジネス形態としていまも持て囃されているモノの歴史的系譜となります。
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さて、NPにはマザーハウスの山崎さんがいらっしゃいます。
山崎さんがゼミ長をされていた竹中ゼミではトリクルダウン理論というのを学ばれていたはずです。
これはエリート教育をする事で、一部のエリートの利益が社会のピラミッドの中で下へ波及していくというトップダウンの理論です。
参加型開発はその対極に存在するボトムアップの考えです。
マザーハウスは貧困解決を主目的にされていない民間企業なので社会企業とは自称されていませんが、理念では貧困解決を目指されているかと思います。
マザーハウスの山口絵里子さんが有名になった時は田原総一郎が第二のホリエモンと言った事もありました。
https://www.youtube.com/watch?v=iRsDkuuhOx4
しかし、マザーハウスとホリエモンの目指しているモノは全く異なっています。
私は一人親の家庭への金銭支援に色気を持つ事は辞めてマザーハウスが目指している世界のようにビジネスの力を以て貧困解決を実現する日本の社会起業家が出てくる事を願ってやみません。
以上。
野良猫でした。
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欄外編 本日のベトナム美女
本日の美女はĐoàn...