2016年1月26日火曜日

Kaikei氏への寄稿記事 ~貧困解決に向けて~ 番外編

どうも野良猫です。

会社の引継ぎ業務中なのですが、データのサーバーへの保存に時間が掛かりまくっているので少し書きます。

この記事ですが、どうやら理解戴ける人と理解が全くできない人に分かれるようです。
私も可能な限り簡潔に噛み砕いているつもりなのですが、それでも駄目な方へはどうしようもありません。ごめんなさい。

私のしている議論は「貧困の相対化」です。
“貧困”って聞くと下腹の出たアフリカの子どもや、ゴミを漁るストリートチルドレンというイメージが出てくると思います。
そういうイメージは事実な部分もあり、煽りすぎている部分もあります。

私の目的は

“貧困=悲しく難しい事” ⇒ “貧困=解決可能な問題”

というより建設的なイメージを持ってもらうことです。


ただ、貧困問題をマクロに考えていけば、人間社会の構造問題や世界システム論というほぼ哲学の世界まで行ってしまうので、どこかで区切りを付けて議論をしていかなければなりません。

それがアマルティア・センの研究であり、クオリティ・オブ・ライフの議論です。

ちなみに哲学というのは“我思う故我在り”の世界の事で、これをデータで説明せい!と言われても不可能なんです。
だからデータ!データ!と連呼するのは止めてください。応えられません。


さて、今回は井庭 崇先生のConcept Walkというブログでアマルティア・センの潜在能力アプローチについてすごく理解しやすい解説が載っていたので共有します。

引用元: http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid437.html

大変失礼ですが井庭先生の事を存じ上げておらず経歴を調べさせていただきました。
慶応大学の総合政策学部の准教授です。
先生のような方でもアマルティア・センは3年おきくらいに読み直していると書かれていらっしゃいますから、センの理論はそれくらい難物なんです。


井庭先生の記事を元に書いていきます。

先の記事でも書いたようにセンの潜在能力アプローチは経済的な救済を目的にはしていません。
理由はセンが貧困が経済的な理由から発生するものではなく、5つの要素と2つの問題が原因だと考えているからです。

またクオリティ・オブ・ライフの観点からも、貧困からの脱却を貧困者自身の力によって選択する事ができる社会づくりが重要であると考えています。

そこでセンはケイパビリティ(潜在能力)という考え方をつくり、「ある人が価値を見出し選択できる“機能”の集合の事であり、その人に何ができるかという可能性」と定義しました。
(井庭先生のブログから引用)

つまり貧困者が自分で自分の人生を決められない不平等・不正義な社会が根本的な問題なんだよ、と言っています。
(自己決定権の問題)



数年前にAllways 3丁目の夕日という映画が大ヒットしましたが、あの時代に比べいまの時代の方が経済的に豊かにも関わらず、幸せそうという感覚を持つのはなぜでしょう。
経済的に豊かなほうが幸せであるという考え方は絶対ではなく、人によってはAllways 3丁目の夕日的な生活の方が幸せと考えるかもしれない。
よりよい社会というのは、後者的な選択もできる世の中だろう。
だから選択肢と機会の平等が重要になってくるという訳です。

急ぎでしたが、今回は以上です。
今後はこういう感じで更新していきます。

Chao!













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2016年1月22日金曜日

kaikei氏への寄稿記事 ~貧困解決に向けて 補足 後半部分 の前にちょっと休憩 ~

おはよう御座います。ハノイの野良猫です。

昨日の前半部分の補足で納得いただけた方も多く、嬉しかったです。
最初からあのように書いていれば良かったのかなとも感じましたが、そうするとワードで20枚くらいはいくので削り寄稿いたしました。
ちなみに寄稿した記事で10枚分ありました。

さて本日も後半部分を補足していきたいのですが、正直迷っています。
前半部分だけで後半部分で伝えたかった事が十分伝わった気がするからです。
これ以上書くのは蛇足かな、と思います。

今後の展開としては


  1. アマルティア・センの潜在能力アプローチについて触れていく
  2. 所得格差の解決に向けて国の制度に触れていく
  3. 教育の問題に触れていく 
  4. クオリティ・オブライフの議論


があるのですがどれがいいでしょうか。


それぞれの概略を書きます。


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①:アマルティア・センの潜在能力アプローチ



アマルティア・センという人はインド人の経済学者です。
経済学者がなぜ貧困問題?という人もいるかと思いますが、センの専門分野は開発経済学という分野になります。
グローバル・イシュー(地球規模の問題)の解決に向けて経済学的アプローチをする分野です。

さて、潜在能力アプローチとはなんぞやなんですが、これも外務省やJICAから情報が出ています。実は国連などで日本が積極的に主導している方針なんです。

関係する記事を引用します。


「持続可能な開発目標」(SDGs)の国際政治-「貧困削減」から「貧困撲滅」への転換が意味するもの
筆者:六辻彰二  | 国際政治学者

http://bylines.news.yahoo.co.jp/mutsujishoji/20151003-00050123/


※長くて難しい話です。抽象的です。

記事内の用語解説:


  • SDGs: Sustainable Development Goal s(持続可能な開発目標) の略で日本が主導したMDGs(ミレニアム開発目標)の後継になります。



  • UNDP: United Nations Development Programme(国連開発計画)の略で世界の貧困削減の主導をしている機関です。                                                                                        ホームページ http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/ourwork/overview/ 



  • 開発:Developmentの日本語訳で「発展」とも訳されますが、日本では開発という言葉が良く使われています。良い状態にする事です。ちなみに開発という言葉は仏教用語です。



基礎的社会サービス重視の思想

基礎的社会サービスそれ自体は、所得向上に必ずしも繋がりません。これが重視されたことは、貧困削減では「低所得」そのものだけが問題にされたわけでなく、さらに「所得向上」が開発の唯一の目標と捉えられていたわけでないことを象徴します。つまり、貧困削減の路線を推し進めた主体の一つであるUNDPの標語、‘Development is freedom’が示すように、「貧困削減」では「個々人が自由になること」が開発の究極目標とされていたといえます。
「貧困削減」路線の定着に大きな影響を及ぼしたのは、アジア人初のノーベル経済学賞受賞者で、インド出身のアマルティア・センの理論と思想でした。それまでの開発経済学では、「成長」に関する理論はあっても、「貧困」に関する理論は稀でした。センはアジアやアフリカの実地調査を重ね、「貧困とは何か」を突き詰めていくなかで、貧困を「潜在能力」(capability)と「権原」(entitlement)の概念から説明しました。
権原とは、「ある個人が支配することのできる一連の選択的な財の集まり」、つまり「ある人が消費を選択することができる財の集まり」です。ひらたく言えば、手元にある、自分のために使えるもの一切が権原といえます。一方、潜在能力とは、「ある人が経済的、社会的、および個人の資質の下で達成することができる、さまざまな『であること』と『すること』を代表する、一連の選択的な機能の集まり」と定義されます。これまたかなり圧縮していえば、個々人が「何をなすか」といえます。
よく用いられる例でいえば、一般的に妊娠している女性は、安全な出産という潜在能力を実現するために、栄養や医療などにおいて、それ以外の人々より多くの権原を必要とします。従来の「所得の向上」を開発の目標とする発想では、権原の拡大が目指されていたといえます。しかし、先の例で言えば、妊婦にとって重要度が高いのは「安全に出産すること」であり、栄養、医療、あるいはそれらのための資金などは、そのための手段に他なりません。この観点からすると、潜在能力と権原を比較した場合、優先されるべきは前者となります。つまり、貧困とは基礎的な潜在能力がはく奪されている状態であり、開発とは潜在能力を充分に発展させることといえます。
個人が自らの夢や可能性に向かって自らの将来を切り開けるための手段として財があるのであって、逆ではありません。これは、「なぜ低所得はいけないか」という、それまで物質的な充足そのものを目的化する立場からほぼ不問に付されていた問いに対して、「それは個々人が自らの生きる道を選び取れるチャンスの幅を狭めるから」という規範的な解答を与えたといえます。
だとすると、経済成長や所得向上は、「個人の可能性の幅を広げる」ための条件ではありますが、それ自体が目標ではなくなります。むしろ、「開発」で重視されるべきは、個々人が自らの潜在能力を発揮しやすい環境を作り出すこととなります。この観点から、1990年代半ば以降の開発協力では、個人の可能性を広げる前提として、教育や医療が重視されるようになったのです。

貧困解決の際に潜在能力を十分に発揮できる機会の平等が重要だという考え方です。
だからこそセンは教育の重要性を強く主張し、国際機関でもそのような考えが広まっていきました。

日本国内の貧困問題でも潜在能力を発揮できる環境整備という視点が必要かもしれません。
ちなみにこの議論はかなり抽象的です。
噛み砕くには私も一度勉強しなおさないといけません。

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②:国の制度について触れていく

kaikei氏に寄稿した記事の後半部分でも書きましたが生活保護の問題です。
生活保護を受けにくくしている要因があるのではないかという事です。

生活保護は必要な人には必要な施策です。
また、生活保護を判定する際の指針と相対的貧困率の基準が近いという話があります。
その為、生活保護を適切に運用できれば相対的貧困の緩和ができるのではないかという趣旨です。


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③:教育の問題について触れていく

①にも絡んできます。
子どもへの教育で最も重要な事は家庭での自習・復習です。
それが出来る子と出来ない子とで大きな学力の差が出てきます。
家庭の事情で出来ない子には自習や復習をする場所を提供する事が必要です。
また、日本では実際にそのような活動をしているNPOがあります。

世界に目を向ければ識字率が非常に低い国もあります。
教育の代わりに記号を使って意味を伝える取り組みをしている国もあります。

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④:クオリティ・オブ・ライフの議論

Quolity Of Life(幸せの本質)とは何か?という議論です。
経済的に貧困であっても本人が幸せなら支援は必要ないのでは無いか?という事です。
NPのコメント欄でもそのようなコメントが多かったです。

世界に目を向けるとブータンの国民総幸福量という統計が有名です。
GNPやGDPに代わる精神的な幸せを国家統計として採用したものです。

ただこれにも批判があります。
いわゆる文化相対主義ではないかという事です。
要は人間にとって本質的に貧困は悪ではないのかという事です。
悪はどのような文化的背景があっても、根絶されなければならないっていう批判です。

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貧困の解決の議論はすればするほど難しくなります。
ただ私は④のクオリティオブライフの議論が最も根本的な議論と思います。

あなたにとって幸せとは何ですか?
子どもにとって幸せとは何ですか?



以上、ちょっと休憩でした。
ありがとう御座いました。



(休憩になってねーよ。)




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2016年1月21日木曜日

kaikei氏への寄稿記事 ~貧困解決に向けて 補足 前半部分~

こんばんは。野良猫です。

昨晩のKaikei氏への寄稿では袋叩きに合いました。
https://newspicks.com/news/1353840?ref=notification

編集の関係もあったかとは思うのですが、それより内容をもう少し噛み砕く必要があったのかなと思っています。

なぜKaikei氏のブログに寄稿をしたかと言うと、Kaikei氏の取り組みの目的が


・貧困層の子供を救うベストな案を考える
・出来上がった案をNPやってる自民党の小林史明議員に提出する
であったからです。
また、暗礁に乗り上げているとも聞きました。
つまり、これまでの議論では“何かが不十分”であり、私の目にはそれはミクロからの視点に終始をしていたからだと感じました。
ビジネスの世界でも同じですが、ミクロの議論は大事なのですが、マクロな理念や概念から梯子を降ろさなければその議論は空論となってしまいます。必ず失敗をします。
だからこそマクロな議論を私は続けます。
また、kaikei氏のブログに寄稿した事を勘ぐる人がいますが完全に好き嫌いで言っているように思えます。なので相手にしません。
あと、私はJICA関係者ではありません。どこかでも書きましたが元NGOの人間です。
いまは商社にいます。
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補足をしていきます。
定義については理解できたという声があったので飛ばしますが、重要な点はひとつひとつの単語に囚われず全体で理解をするという事です。定義のニュアンスなんかは、その定義を作った人や組織の性格が出るのでそれほど重要ではありません。

数字のない言葉だけの定義は人によって、国によって捉え方が変わってきます。
この辺りはまったく関係がない議論になるので触れないで欲しいです。
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次に5つの要素2つの関係する問題です。

まずは5つの要素について


①:経済的能力 - これは経済力と言い換えてもいいかもしれません。

文中のクレジットというのは経済学用語でいうところの社会資本の事です。
喩えるなら、クレジットカードを使用すると信用履歴というのが貯まります。
ちゃんと支払いを続けている人は社会的に信用され、より大きな利用枠が貰えます。
信用される事で貯まっていくモノ、それが社会資本です。

貧困になる人、あるいは貧困に陥る人はこれが欠落しています。
社会資本が無ければローンを組んで車や家を買うこともできません。

いろいろな資源(土地、家畜、森林・・・)を利用する事も、ある程度の経済力が無ければ難しいです。
土地を耕す道具、種の購入費用。
家畜を飼う初期資金、木材を加工する加工場、漁業をする船や釣竿などなど。

これが経済的能力です。

②:人間的能力- 人としての基本的な能力の事です。

不健康な人や十分な教育を受けていない人は日常的な業務を続ける事も難しいです。
そうなれば当然収入は安定せず、貧困に陥り易くなります。

③:政治的能力- 北朝鮮をご想像ください。

政治的自由が保証されなければ社会は弱肉強食となります。
北斗の拳の世界です。

④:社会・文化的能力- 人の尊厳といえるものです。

子どもの時に「団地の子と関わるな」とか「あの子とは関わるな」と親に言われたことは無いでしょうか。
人は社会を作って生き延びてきた動物です。
孤立をしてしまえば公的なサービスの存在も知らず、子どもの育て方も知らず、一人で生きていかなければなりません。
昔関わっていたNPOの代表理事の人に聞いた話があります。

「シングルマザーの女性が子どもの為の粉ミルクを買おうとしていました。子どもはまだ赤ちゃんで、粉ミルクが必要でした。しかし、その女性の収入は少なく、節約の為に安い粉ミルクばかりを買っていました。その結果、その赤ちゃんは栄養失調で亡くなってしまいました。
なぜ栄養失調となったのでしょう?
この女性は新生児用の粉ミルクを赤ちゃんが9ヶ月以降になっても購入し続けていたのです。もし、お店の人に粉ミルクの違いを聞けていれば赤ちゃんは亡くならなかったはずです。」

人は孤立して生きていくことは不可能です。

⑤:保護能力 - 貯蓄能力や保険の存在です。

何かあったとき自分を自分で守る事ができるかどうか、です。



次は2つの関係する問題について、です。





①:ジェンダー不平等 - 物理的な性別への無理解による差別の事です。

ジェンダーというのは物理的な性別の事です。

分かり易いのはLGBTの存在です。

人間の性別を決める染色体はXX(エックス・エックス)とXY(エックス・ワイ)に分けられます。
XXが女性で、XYが男性と社会的に性別が決められています。

しかし、世の中にはXXYYYY(エックス・エックス・ワイ・ワイ・ワイ・ワイ)やXYXXXX(エックス・ワイ・エックス・エックス・エックス・エックス)というような人がいます。
Yが多い女性は男性的になりますし、Xが多い男性は女性的になります。

では
Yが多い女性は本当に女性なのでしょうか?
Xが多い男性は本当に男性なのでしょうか?

誰かがお前はチンコが付いているから男性だ、お前は付いていないから女性だ。
とか言って決めたりしてません?

しかし、科学的には遺伝子のXとY染色体の数で決められます。

「男性と女性」
これを性別と呼びます。
(社会的な性差)

「男性と女性+LGBTなど」
これをジェンダーと呼びます。
(物理的な性差)

貧困に関する議論においてジェンダーが問題になるのは社会そのものが男性優位に作られていて、女性やLGBTが活躍する事が難しい社会構造になっているからです。

LGBTはそういう社会を受け入れて、本来とは違う性別を演じながら生きるべきなのでしょうか。
女性は出産を諦め、“女性としての幸せ”を諦めるべきなのでしょうか。
それがジェンダーに纏わる問題です。

②:環境 - 東日本大震災の被災者の事を想像してみてください。

先の5つの要素を完璧に備えた人でも被災し、すべてを失えば貧困者になり得ます。
環境問題も貧困を生み出す問題となります。


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貧困の定義や要素・問題について補足して参りました。
自分なりに噛み砕いたつもりですが、足りない部分があればご指摘ください。

なお、上記の解説はあくまでも私なりの補足です。
もっと上手に補足する人もいれば、私とは違う形でする人もいます。
国が違えば喩えも違います。(日本人にとって地震が環境問題として理解し易いように)

これが全てではありません。
皆さんなりに噛み砕いて頂ければ幸甚です。

とりあえず今回は前半部分のみです。

これらの要素や問題が複雑に絡み合い、絶対的な貧困や相対的な貧困に陥るという事です。
ひとつの要素を見ていても全体は見えてきません。

所得格差だけを貧困と呼ぶのは木を見て森を見ずですよ、というのがこの前半部分で伝えたい事でした。

ありがとう御座いました。







引用元

Kaikei氏ブログ
ワイ貧困の子供を救う案①〜高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな〜
ワイ貧困の連鎖を断ち切る案⑥〜現状・課題・対策は1日にして成らず〜
https://newspicks.com/news/1308187




国際協力機構「DAC 貧困削減ガイドライン要 約(仮訳)2003 年8月 国際協力事業団 企画・評価部」http://www.jica.go.jp/activities/issues/poverty/pdf/index_01.pdf

日本国外務省作成 報告書 「資料名不明」
                                   
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